新潟県中越地震災害派遣報告書レポートA

〜組織的な活動を展開したい人たちの想いとVCに求めるもの〜
小国町でのボランティアを終え、その活動結果を災害ボランティアセンターに報告し
にいったことである。
「お疲れ様でした」小林事務局長が暖かく出迎えてくれた。
しばらく談話していると、先ほどまで共に活動をしていた鈴木さんの所属するTML
のメンバーである飯田さんが災害ボランティアセンターを訪れた。
埼玉県からの訪問である。
飯田氏さんは、次週に炊き出しを予定しているメンバーのために、炊き出し機材を運
搬しにきたとのことであった。
飯田さんは、ボランティアに対する気持ちが強く、自分達の趣味が人のために役に立
つことに大きな喜びを感じているという。
キャンピングトレーラーは、言わば移動式の住居であり、寝床はもちろんのこと、シ
ャワーやキッチンまで完備されている。
飯田さんによると、大規模災害発生時に、キャンピングトレーラーを置く広い敷地さ
えあれば、1台につき4人の家族が生活できるので、簡易ではあるものの、立派な仮
設住宅の機能を果たすことができ、各市町村に1台ずつ配備されていれば、各市町村
から持ち寄り、迅速な対応が可能になると訴えていた。
実際に、キャンピングトレーラーを拝見させていただいたが、衣食住の最低限度の生
活基盤は保つことができると感じた。
談話の中で、飯田さんに対して我々の身分を明かすと、「ぜひ、相談したいことがあ
る」と身を乗り出した。
それは、今回の災害を教訓にして、キャンピングトレーラーをもつ仲間のネットワー
クを駆使して、災害時にも活動できるNPO法人を立ち上げていきたいという構想を
もっているという。
災害支援を展開するにあたり、個人の活動には限界があるため、組織的な展開を図り
たいというのだ。
NPO法人立上げに関して、具体的に事務を進めており、定款の素案を提示していた
だいた。
キャンピングトレーラーを持つ仲間のネットワークのメリットは人材にある。
トレーラーという媒体を通じて、様々な職種や趣味をもつ人間が集う。
具体的には、医師や看護師等の医療専門職を始め、飲食店営業者、IT関連事業従事
者等、そのカテゴリーは多岐にわたる
それらの人材を把握し、登録しておくことで、日本各地にいるメンバーがそれぞれの
地域でタイムリーな支援活動が展開できるようにすることが構想にある。
しかし、それらの活動を展開するにあたっての課題を飯田さんはこう指摘する。
  「ボランティアコーディネーターの存在は各地域に欠かすことができない。
    小国町の場合は、小林事務局長の柔軟なコーディネーションによって、我々の活
    動と、被災者ニーズを上手にマッチングしてくれたが、ある自治体のコーディネ
    ーターは法人格のない任意団体が支援を呼びかけても、真剣に取り合ってもらえ
    なかった。
      そのこともあり、NPO法人格の取得したいと考えているわけだが、活動をした
    いというニーズを的確に捉えてもらい、そのことを的確にコーディネーションし
    てもらえるボランティアセンターの機能はコーディネーターの資質に掛かってい
    ると今回の災害で感じている」とのことである。
また、こうも語る。
     「災害救援の活動は、外部のNPOが中心になってはいけない。地域を一番知っ
     ているのは、地元の社協であるから、裏方をサポートするのが望ましい。
     地域実情や状況にあわせることが大切。」
と、地元への配慮は決して忘れていない。

災害救援ボランティアセンターの運営においては、NPOなど、外部の支援者の力は
大きなものがある。
しかし、「地元」という視点が抜けたとき、発生する事態として、「自分達が活動し
たから、この街は助かったのだ」という優位思想と活動を誇示した一方的な自己満足
が横行する恐れも否めない。
ボランティアをする側とボランティアを受け入れ側の相互理解が理想的な活動を展開
するキーワードとなり、また、そのことが地元に無駄なく還元されることにつながる。
飯田さんは、冬季間の雪害も想定し、継続的な支援も視野に入れている。
また、復興のきざしが見えたとき、小国町でオフ会(集会)をしたいと言う。
その話を聞いた地元社協の小林事務局長は「ぜひ、ぜひ、来てください」と笑顔で返
す。
災害を通じた人と人との結びつきが、地域をつなげ、心つむいでいくプロセスがここ
にある気がした

〜災害時における災害弱者支援について〜

現在、日本には日常的に生活支援が必要な高齢者や障がいのある人たちを合わせると
約900万人を越えるといわれている。
さらに、災害発生時においては、妊婦・乳幼児や独居の高齢者世帯も加えると、潜在
的に災害弱者になる可能性のある人たちは相当数にのぼる。
実際に、私のところにも聴覚障がいのある方からのご相談が寄せられ、当事者やその
支援者を交え、緊急時の安否確認をテーマとして、話し合いに同席したことがある。
その際にニーズとしてあげられていたのが、「情報の不足」であった。
それは、防災無線で避難勧告が流れていても、揺れている事実しか分からず、パニッ
クになってしまい、どうしたら良いのか分からなかったからである
このような場面で支援を期待されるのが、町内会や福祉専門職でありますが、現状は
決して明るいものではない。
町内会の中には、ごく少数ではあるものの、「普段交流もしていないのに、必要なと
きだけ助けて欲しいというのは虫が良い」といった悲しい意見があることも否めない。
しかしながら、聴覚障がいのある人たちは関係性を築くための言語コミュニケーショ
ンに制限があるため、ご近所との交流もスムーズにいかず、逆に迷惑をかけてしまう
といったコンプレックスを感じていることも事実である。
そこで、新潟県小国町の事例を挙げたい。人口7200人ほどの小さな町の、ある町
内会では地震災害が発生した際に、誰が指示したわけでもないのに、建物が一切ない
農道に集合し、その時は、お互いにお互いがいることを確認し合っており、それは特
別に体系化されたシステム下で行われたものではなかった。
日常的な近所付き合いが正に、災害時に役にたった事例であるが、さらに言うならば
、「障がいのあるAさん」「高齢者のBさん」というお付き合いではなく、「隣に住
んでいるAさんには障がいがある」というように、あくまでもAさんの特徴の一つと
して障がいを捉えるようなお付き合いが大切であると思う。
つまり、日常的なお付き合いと障がいという個性の認め合いが災害時においても、コ
ミュニティ機能を高めるキーワードになるのではないだろうか。
一方、福祉専門職は、利用者に対する安否確認を確実に行うが、これにも限界がある。
静内町社協でも平成15年の十勝沖地震の際、訪問介護利用者等の安否確認を行った
が、100名を越える利用者の安否確認の所要時間は2時間を越えてしまう。
そこで、当法人では災害発生時の利用者に対する安否確認マニュアルを策定し、事前
準備として、災害発生時用の利用者台帳を作成し、地区や介護度、状態に応じた優先
順位を設定し、また、安否確認の方法とレベルも明確にしており、実務をフローチャ
ート化することで、実働するスタッフがより明確に理解でき、かつ迅速な行動がとれ
るように心がけている。
当然のことながら、災害救援ボランティアセンターの立上げも並行して進める必要が
あり、利用者ニーズとボランティアのマッチングが迅速にできるシステムを目指して
いるところである。
小国町と静内町社協の取り組みを紹介させていただいたが、災害のためだけの取り組
みとなると、日常的な効率性に欠いてしまう。
しかし、発想を転換してみてはどうだろうか。例えば、町内会における高齢者への声
かけ訪問活動は、日常の安否確認をするための活動であるが、地域の高齢者実態を把
握していることで、災害時にはスムーズな安否確認と救援活動が可能となる。
つまり、街づくりや地域福祉活動は平常時にも災害時にも「地域の福祉力」を高める
良い手段になるということだ。
まずは、道で会った人に笑顔であいさつすることから初めてみませんか。
その小さな積み重ねが災害に強い地域を形作る一番の近道かもしれない。
〜避難所生活のお世話人〜
我々の新潟訪問の目的には、避難所生活の実態把握も欠かせなかったが、避難所を生
活の基盤とする被災者の方に対してインタビューすることに、大きな後ろめたさを感
じていた。
そこで、ボランティアをして避難所と関わることは、避難所生活を送る人たちの思い
やその実態を把握するという、正直言って、ある意味邪まな動機があった。
しかし、後でふりかえってみると、その邪まな動機も忘れ、「自分のできることをで
きる範囲でしよう」と必死で活動している姿があったかもしれないと感じている。
避難所には様々な工夫がされており、災害用電話や、いかなる携帯機種も充電できる
充電器、インターネット用のパソコンなどが整備されていた。
日中は高齢者が多く、若者は働きに行っているという。
そのような避難所で、避難生活の支援をしている総代(町内会長)さんの姿に地域の
リーダーの姿を感じた。
総代さんは、比較的自宅の被害は少なく、自宅で生活しているものの、日中は避難所
に訪れ、いろいろと世話をやいている。
総代さんの話によると、「本震より余震による被害多数あり、1日目には道が通じて
いたが3日目には交通不可となったケースもあった。特に、2つの集落での被害が大
きい。
健康に関するマスク、消毒液等の物資援助が助かった」と、地震発生から今までのこ
とを話してくれた。
そして、被害の状況を撮影した写真も提供してくれ、このように語る。
「これらの写真は、私がとったものなので、どのように使用してくれてもかまわない。
ただ、このことをたくさんの人に伝えてもらえるとありがたい。テレビでは大きな街
は報道されても、小国町のような小さな街の被害の状況は取りざたされないことが多
い。」写真はパソコンを通じで、データ媒体でいただいたが、それらの写真は災害の
規模の大きさをありありと物語っていた。
また、総代さんは、炊き出しのボランティアが避難所に訪れると、毎回、お手伝いを
するという。
「夜、食事をいただいてばかりでは申し訳ない。
今、自分は動けるわけだし、できることはやりたいと思っている。」
とのことである。
表現は適切であるかどうか全く自信はないが、避難所生活を送る人たちの中には、
「避難所慣れ」してしまい、自分でできることも、ボランティアに支援してもらって
いる現状もあると聞く。
被害状況の甚大さから、「自立」に向けての動機付けが弱くなっているのかもしれな
い。
しかしながら、我々が活動した避難所は決してそうではなかった。
ボランティアは屋外で炊き出しをして、高齢者のために、出来上がったラーメンを避
難所の中に運ぶわけだが、一人でその作業をすると、せっかくの暖かいラーメンがさ
めてしまう。
そこで、避難所生活をしている人たちは、それぞれ、役割分担し、必要数を取りまと
める人、玄関先でラーメンを受け取り配布する人など、機能的に動いている。
結果、ボランティアも無理なく活動することができ、避難所の人たちも暖かいラーメ
ンを食することができる。
このことを裏方でコーディネーションしているのが、他でもない総代さんの存在だ。
まさに、避難所生活のお世話人、コーディネーターという表現がマッチングする。
「自分達のできることは自分達で…」ボランティアと自立に向けて共に歩む被災者の
心意気をここに感じた。

〜報道における倫理観〜

炊き出しのボランティアを始めて、すでに7時間が経過しようとしていた。
時間は午後5時にさしかかり、辺りも暗くなり始めている。
さらに、大粒の雨が降りしきり、人の声はその音にかき消され、屋外で活動している
我々の身体を次第に冷やしていった。
夕食の炊き出しは、若者も避難所に戻ってきているため、出来上がったラーメンを取
りに来てもらう方法をとった。
長蛇の列ができる。
正に、テレビなどで目にした避難所の光景である。
そこに、大きなテレビカメラをもったテレビ局のクルーが現れた。
そのテレビクルーは何も言わないまま、断りもなく、炊き出しボランティアと、長蛇
の列を作っている避難所の人たちを撮影している。
さらに、驚いたのは、そのまま、何も言わず去っていったのである。
避難所生活をしている中年女性は、「あの人たちまた来たよ。黙って撮影していって
、本当に気分が良くないよ」と声を漏らす。
テレビなど、マスメディアには現状を的確に伝えなければならないという使命感があ
るのかもしれない。
しかし、その取材や報道により、心を痛めている人たちがいるという事実は否定する
ことができない。
マスメディアを通じて、災害の状況をレポートすることは、災害支援を訴える上では
極めて効果の高い媒体であることは認めざるを得ないが、ただ、その方法が適切なも
のでなければ、その使命も歪んだものになってしまうと感じてしまう。
報道の義務は決して、免罪符ではない。
たった一言でも、避難所生活をしている人たちへ共感的な言葉を発することができる
のであれば、その受け入れる気持ちも大きく変わってくるのであろう。
報道における倫理観とは一体何なのであろうかと考えさせられる一場面であった。

〜災害VCの連携に関する一考察と北海道における具体的展開〜

我々が新潟訪問をする前、インターネット等様々な媒体を活用して、事前の情報収集
を行った。
その中で目を引いたのが、「がんばろう!新潟かわらばん」という情報誌である。
これは、新潟県災害ボランティア救援本部中越センターから発行されているもので、
被災各地のボランティア情報をタイムリーに提供する媒体として、非常に分かりやす
いものであった。
我々は、その発行元である中越センターを訪問し、スタッフに話を伺うことができた。
対応してくれたのは、李氏、池田氏。業務多忙にも関わらず親切な対応をしてくれた。
中越センターの機能は、情報提供を中心とした後方支援がメインであり、個別ニーズ
には基本的に対応しておらず、市町村VCに調整をお願いしている。
しかし、イレギュラーで入った個別ニーズに関しては対応しているとのこと。
現在進めている活動は、各市町村に特派員を送り込み取材活動を展開し、各地域のV
Cの活動内容を広報誌に取りまとめ、情報発信する。
また、各地の避難所の状況を取りまとめ、情報配信している。
構成メンバーは4団体入れ替わりで支援しており、青年会議所の事務所を借りている。
我々が訪問した際のスタッフは8名ほど。特派員がいることから、もう少し多いこと
が予想される。
中越センターを訪問し、スタッフと話しをしていく中で、長岡市社協の本間氏の言葉
を思い出した。
「地元社協の人間は自分のところだけで精一杯で、他の地域のことが全く分からない。
横の情報は確かに不足している。」
また、小国町の小林事務局長は、「テレビで報道されている街にはたくさんもボラン
ティアが駆けつけて、支援も厚い様子。もう少し効率的に、横のネットワークでボラ
ンティアの配分ができると良かったと思う。」とも言っていた。
前述したことでもあるが、北海道の現状として、災害発生した際に独自で災害救援ボ
ランティアセンターを立上げ、効率的かつ迅速な運営が可能な社協は数えるほどしか
ないと考えている。
そのような状況下では横のネットワークは実際に機能するわけもなく、自分の街のこ
とで精一杯となるのは火を見るより明らかではなかろうか。
そこで、考えていきたいのが災害救援ボランティアセンターの横の連携である。
現在、道では「ボラネットスキルアップ事業」と称して、支庁毎にボランティアのネ
ットワークを高めるための事業を展開している。
その事業の元々の趣旨は、災害時の連携を視野に入れたものであったと道の関係職員
から聞いている。実際に、日高管内では災害をテーマにして、日高少年自然の家で、
一泊二日で合計
10時間の研修を実施した。
この日高管内は地震の多い地域であり、実際に平成15年には震度5弱も経験している。
そういった意味で比較的、住民の地震災害に対する意識も高い。
しかし、高い住民意識の中においても、日高管内の各社協が独自で災害VCの運営を
するとなると残念ながら困難が生じる。
そこで、各支庁地区に基幹的機能を果たす社協を位置付け、その社協を中心として、
情報や運営ノウハウの提供を行う体制を確立すべきであると考えている。
正に、「中越センター」の機能である。
その基幹的役割を担う社協は、道社協の地区事務所でも、市町村社協でもどちらでも
かまわない。
ただ、条件として一つ言えることは、確実に機能できる体制にあるかどうかである。
建前や機構論では、残念ながら、災害救援は動かない。
「何のための災害支援なのか?」このことを念頭に置いた上で、北海道で試行的な展
開を図っていきたい。

〜コーディネーターの使命〜

今回の新潟訪問は、社協職員として、ボランティアコーディネーターとして、一市民
として、自分の役割とその使命を明確にする上で必要な訪問だったと感じている。
生の人の暮らしに触れ、また、その現状の課題を自らの感覚で感じることができたと
いう意味においては、私の人間的な成長に大きな影響を与えた。
そして、今、私は社協職員として、業務をしている中で、新潟訪問の結果を様々なと
ころで伝えている。
時には自治会、町内会の総会で、時には学校で、大人から子どもまで、私が見て、聞
いて、感じたことを素直に伝えている。
同じ街に住む仲間として、新潟の被災者が発した言葉をそのまま伝えている。「まさ
か、自分がこんな目に遭うとは…」誰もが発する可能性のある言葉である。
「災害に強い街…」私なりにイメージしてみた。
耐震設備が整っていて、行政の防災機能もしっかりしており、食料の備蓄も万全であ
る。
果たして、それだけで良いのであろうか。
私はあくまで、「人」を基本において、そのことにこだわりたい。
「いのち くらし 財産」を守る。このことを街の人たちと共に考えていきたい。
ただ、単に災害に焦点を当てるのではなく、もっと、広い視野で考えていける街であ
りたい。
つまり、「街づくり」を市民の視点で常に発信していける街がいわゆる「災害に強い
街」につながるのだと、最近考えるようになった。
日常的なコミュニケーションが多ければ、緊急時においても自助活動が展開しやすい
し、互いの長所を活かし合うことも容易である
そして、互いの個性の認め合いを進めていくには、社協職員やボランティアコーディ
ネーターの活動が極めて重要である。
そのことに対する自覚と覚悟が今、私に求められていると感じている。
つまり、私は常に試され、日々考え、悩んでいく存在でなければならないということ
だ。
しかし、それを乗り越えたときに、ひとつのカタチが見えてくるのではないかとも感
じている。それが私をつき動かすものであり、いわゆる使命感である。社協職員とし
て、コーディネーターとして、街づくりの一翼を担っていく覚悟がさらに固まった新
潟訪問であった。

最後に、この度の訪問の際に事前調整に尽力していただいた藤江紀彦副理事長、鳥居
一頼常務理事をはじめとする北海道ボランティアコーディネーター協会の仲間、静内
町社協の役職員、暖かく受け入れてくれた新潟県の皆さんに感謝を申し上げ、この度
のレポートとさせていただきたい。本当にありがとうございました。

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